60才からのひきこもり貧乏ブログ

仕事を半リタイアし、つましい日々の暮らしを綴っています。

副業について

FXは、辞めてしまいました。損切を500pipくらいで設定するとストップ狩りに合って売りポジであろうが買いポジであろうが、一瞬にしてポジションを失い、今まで慎重に蓄積してきた利益が水の泡になるのが馬鹿らしく感じてしまったからです。



FXは、普通に投資をするような感覚では損をするだけです。



ライティングですが、疲れる割には単価が安くて大変です。でも、安くても自宅にいながら確実にお金を稼げる点ではいいかなと思います。今月は、今のところ3記事しか書いていなくて、稼ぎは、540円です。半年くらい前までは、月に100記事から200記事くらい書いて収入が15.000円から20.0000円くらいありましたが、これも労力に見合わない収入に馬鹿らしくなってしまいました。



ポイントサイトもやりますが、月に500円から2.000円程度で子供のおこづかいです。



本業も含めて、なんでもそうですが、お金を稼ぐとは、並大抵ではできないのが本当のところです。生きることは修行だといいますが、苦しい仕事をして、複雑な人間関係を乗り切らなくてはならないのだからそうかもしれません。



仕事はしたくないです。しかし、現状は仕方なくしています。破天荒とかワイルドとかには小心者でなれません。もともと、ぐうたらな人間なので努力や忍耐が苦手です。



今の唯一の楽しみは、飼っているカメを見ていることです。







老いて気力がなくなると、歳月の過ぎるのが遅い。

個人差はあるでしょうが、自分が老いたと認めてしまうと体も心も失速してしまいます。自分は、そろそろ61才になりますが、その典型で若さなどみじんもありません。



自分と同年代やもっと上の年齢の方でも、とても快活で若さがみなぎっている人もいます。自分は、そうゆう人に遭遇すると恐れを感じ、そばに寄りたくありません。



60才過ぎてから、気力が無いせいか一日がすごく長く感じます。一日が長すぎて疲れます。24時間が30時間にも48時間にも感じます。何もしたくない上に、何かしても苦痛で楽しくないので「ぼー」としていることが多くなりました。



仕事の休みの日などは、昼間からベッドにもぐりこみ、本をすこし読んでみたりラジオを聴いたり、半分寝たきりのような生活になってきました。



このような生活習慣は良くないのはわかっていますが、底辺の人生を過ごしてしまった自分に対して自分勝手に自暴自棄になっているのもあるのです。自分は、精神力と身体的能力は最低レベルなのです。



一度しかない人生だから、精一杯生きようとは誰でも思うのでしょうが、そうできなかった自分に腹立たしさを感じます。具体的な例を挙げないで抽象的に愚痴を羅列してすいません。



輪廻転生が本当にあって、生まれ変われたなら、「生まれてきて良かった」と思えるような有能な人間に生まれてきたかったです。

60才過ぎれば、いつ寿命が尽きるかわからない。

最近、とっても体調が悪いのです。原因はわかりませんが、脂漏性皮膚炎になったり、体が疲れやすかったり、胃がシクシクしたり、あばら骨の内側に鈍痛がしたりします。



特に気になるのは、頭痛がするのと気分が悪いことこです。昔から血圧が高いので、今日の夕食後、手首で測定するタイプの血圧計で測ってみたら「上が160、下が100」くらいの数値でした。



「高すぎるかなあ」とは思いますが、しばらく自宅療養で様子を見ます。心筋梗塞や脳梗塞で倒れるかもとも思いますが、それも運命でしょう。



その時は、一発で寿命が尽きることを望みます。障害で苦しみながら生きるのは嫌ですね。でも、望み通りにはいかないのが世の中の常ですからね。



明日は、体の具合が悪くても人がいないので仕事は休めません。職場では、ラインに酔って気持ち悪くなり、お昼ごはんが喉を通らなくなるので1日も早く辞めたいです。



60才過ぎれば、突然、病気になって死ぬかもしれません。未来は、誰もわからないし自分の思い通りにはいきません。死ぬことは、夢を見ないでずっと眠ることです。疲れたら眠ればいいのです。

60歳から65歳までする仕事は、けっこう大変かも?

疲れる!60歳を過ぎると今まで何でもなかったことでも疲れてしまいます。先週の日曜日に車のタイヤをスタットレスに履き替えたのですが、自分でやったので疲れてしまいました。若いころは何でもなかったのに・・・・



仕事も同じです。疲れます。65歳になれば年金がもらえますが、その前に仕事がつらくて繰り上げ受給の手続きをして年金をもらってしまうかもしれません。もともと安い年金が繰り上げ受給をすればもっと安くなります。



65歳まで仕事を頑張って年金をもらうのがベストですが、体も精神も自分はついていけないかもしれません。これは、ひとえに自分の忍耐力の無さとわがままな性格から来ているのです。



将来、年金で生活できないのは、若いころバリバリ働いてこなかったつけが回ってきたわけで自業自得です。



貯金もない、持ち家もない、子供もいない、背もない、頭には毛がない貧相な老人です。自分が死んでも何も残すものがないのはみじめです。自分がいかにつまらない人間だったかを証明しているようです。



何か生きがいになるものを持ちたい、何かをしたいと思いますが見つかりません。リスクを恐れて無難に生きようとして逃げてきた自分の人生が恥ずかしいです。



これからもっと年をとり、自分、もしくは妻が病気になっても医療費さえありません。これから先の人生を考えると暗黒の世界をさまよう気分です。



自分と妻とどっちが早く死ぬのかなあ?どんな死に方をするのかなあ?なんて漠然と考えたりします。順番的には自分ですが、間違って妻だったら嫌だなあと思います。自分は、妻よりは早く死にたい。残された妻の生活は心配ですが、自分には何もできないのでしょうがありません。




最近、死にたいとか思わなくなった。

少し前までは、生きるのが辛くてこんなことなら死んだ方がましだと思っていて、首つり用のビニールロープを用意して廃屋になっている自分の実家で首にロープをかけたこともありました。



結果はロープで首を絞めると痛いしとても苦しいのです。目が見えなくなります。体重が軽いのと腕の力が割と強いので、ぶら下がった自分の体を折り曲げロープを必死で外しました。



それから首つりなんて二度とやっていません。「次は練炭かな」などと思いネットで炭と七輪を検索したことはありますが買わずじまいです。



今思えば、何を考えていたのかと思います、今は、死にたくありません。積極的に自殺などしなくても、もう年なので、そんなに長い時間はかからず逝っちゃうかもしれません。



不思議ですね人間の考え方って!  



でも、自分は、生真面目で思いつめるタイプで30代に睡眠薬自殺未遂はすでにやっていて、入院したこともあるので自分は鬱になりやすい性格だと思います。また、その時のような精神状態にならないことを願っています。



しかし、現在死にたくない精神状態でも、生きていて楽しいと感じることはありません。生きていて希望というものがありません。寂しい人生です。