60才からのひきこもり貧乏ブログ

仕事を半リタイアし、つましい日々の暮らしを綴っています。

60歳過ぎは、仕事はしたくないのが本音です。

仕事は楽しくないですね!



60歳過ぎたら、隠居する予定だったのに現実はうまくいきません。



今年の派遣仲間は、去年と違って、すべて年下で、20代が一番多くて話が合いません。



無口な自分は、孤立しています。



だからと言って、媚びを売ったり気げんを取ったりはしないので、若者に煙たがられているようです。



頭のいい人なら、おだてたりすかしたりして、うまく若者を手なずけたりできるのでしょうが、馬鹿な自分は、ジェネレーションギャップに悩むだけで、相手にするのが面倒くさいのです。



基本的に人間嫌いです。



定年を過ぎて天下りして、上のポジションにつく人もいれば、派遣で自分の何分の1しか生きていない人に、へこへこしなければならない自分みたいな人もいます。



人生って何なのでしょう。



生まれた境遇や遺伝的才能で人生は変わってきてしまいます。



凡人以下に生まれれば、生涯にわたっていいことはありません。苦しみの人生です。凡人以上に生まれれば、突発的な事故等の例外を除いて人生は楽しいはずです。



人間は、(劣)、(中)、(優)と大別でき、素質がものを言うのです。



素質というのは、ダイアモンドの原石は、磨かれれば光るということです。道端に落ちている、汚いありふれた石では磨いても輝かないということです。



努力は確かに大切ですが、素質が悪ければ大成功を納めるということはあり得ません。



人間は生まれた時から平等ではないのです。



世の中にはいじめられる人がいて、いじめる人がいます。何もしないで見ているだけの人もいます。人間は皆平等だと権利だけを主張しても、人権は保障されず、実際にはいじめられて自殺する人もいるのです。



誰も助けてはくれません。頼れるのは自分だけです。



自分は、祖父母、父母、自分と過去三代を通して(劣)だと思います。




年寄りの不安

こんばんは。 御無沙汰してます。



今日は、歯医者に行ってきました。土日でも診療しているので混んでいます。



待合室で自分の隣に座った患者に、白髪の老人がいて顔のしわなどから判断して、自分よりも年上だと思っていたら、5歳も年下でした。



自分は若いつもりでも、人から見れば爺さんなのですね。自分が爺さんだと思うと急激に本当の爺さんになってしまうのが怖いことです。



しかし、貧乏人の老後は不安です。果たして生活していけるのか、病気になったら治療費は払えるのか、葬式代は貯めることができるか、など不安だらけです。



心も老化するので、個人差はありますが、行動力がないので、意欲もなくなり何もかも面倒になってきてしまうのも悲しいことです。



人生を精一杯生きて、人生を謳歌できた人がうらやましいです。自分は、どう考えても人生を精一杯生きてきたとは言えません。



壁を乗り越えることができず、逃げてきただけの人生でした。



こんな人生なのに、人生を精一杯生きてきた人や功績を残した人と同じように年を取り、死んでいくのは、自分の人生が薄っぺら過ぎてやり切れません。



人生、何もしなくても、年だけは取るのです。そして、死んで消滅するのです。







近頃、体力がめっきり落ちました。

仕事をしていて感じることですが、還暦を過ぎると、体が重くなったり、声がかすれたり言いたい言葉が口から出てこなかったりします。



結構ハードに動いたりすると頭が痛くなったり、腰が痛くなったり、ふくらはぎも痛くなってしまいます。わき腹が痛かったりもします。



フルタイムで仕事をすると疲れるので、毎晩、9時頃には寝てしまいます。



でも、仕事ができるのは生活が充実しているということで、去年は自分よりも年上の同僚が派遣の現場に三人いたのですが、今年は三人とも切られてしまい自分が最長老になってしまいました。



自分も年齢から言って、現在の現場を首になる不安も付きまとい、派遣の契約更新がなくなれば、次の仕事に恵まれるかどうか保証はありません。



最悪の場合、職場に恵まれず、安い時給で、ブラック企業の従業員に罵声を浴びせられながら、こき使われるのは耐えられないと思うので、30キロ弱の重い荷物を持つ仕事ですが、今の現場の仕事を失いたくはありません。



今年は体力的に乗り越えても、毎年体力は落ちてくるので、来年が心配です。



「若い時でも、年を取っても記憶力は変わらない」などとネットで読んだことがありますが、年を取れば、記憶力は衰え、自分の場合、すぐに忘れます。足し算のみの暗算さえ分からなくなってきました。



やはり、年を取れば知力・体力とも落ちるのです。まだまだ働かなければ生活していけないので体が痛くても仕事をします。



仕事をしていないと一日が長く、不安ばかり増幅して鬱がひどくなってしまいます。貧乏人は死ぬまで仕事をする運命なのでしょうね。


家賃が落ちない

銀行口座の残高不足で、2月末支払いの家賃が落ちませんでした。



今月の10日支払いの水道料も、口座に現金を入金できないので落ちないことが確定です。



家賃は公営住宅なので、2万円とリーズナブルなのに払えないのです。



今月から来月にかけて、落ちなかった家賃と水道料が補てんできれば良いですが、みとうしは暗いです。



何年もこのような貧乏暮らしが続くと、明日の生きる希望がなく、投げやりとあきらめだけがベストな手段となってしまいます。



生きることに前向きに頑張ろうとは思えず、逆光に対応することがくだらなく思えてきます。



生きていても楽しいことは無く、我慢するだけの毎日です。



つまらないです。



生まれてこなければ良かっと思います。




我が家の経済危機

貯金が底をついてしまったので、来月はライフラインの支払いまで滞ってしまうかもしれません。



その次の月からは、働いた日数が増えるので食いつなげると思うのですが・・・その日暮らしなのは変わりはありません。



今月は、歯が痛くて歯医者に通い始めたり、洗濯機が壊れて修理代がかさんだことで予定よりも大幅に出費してしまいました。



お金がないことは気持ちを暗くします。年を取ってろくな収入がなく、毎月、生活苦の暮らしをしなくてはならないのかと思うと憂鬱になります。



生きていても良いことはありませんが、まだ死にたくもありません。メリハリのない毎日は、あの世に行くまでの時間つぶしです。



人生をうまく生きてきて、お金に不自由しないお年寄りなら、旅行をしたりゴルフなどの趣味をしたりと楽しい毎日が送れるのに、自分は足元にも及びません。



人生を振り返って「こんなはずじゃなかった」と思いますが、自分の力の無さから自業自得の情けない人生になってしまいました。



60歳過ぎても果敢に起業する人もいますが、臆病な自分にはできません。毎日が不安でいっぱいで楽しいことが見つかりません。



仕事に履いていく靴が、ボロボロなのに買い替えることもできません。貧乏でも楽しく生きている人もいるようですが、自分は、貧乏は恥ずかしいと思ってしまいます。