60才からのひきこもり貧乏ブログ

仕事を半リタイアし、つましい日々の暮らしを綴っています。

悩みがないと不安で仕方がないのはどうして?

最近、悩みがなくなってきました。普通の人よりは少し落ちるかもしれませんが、これが俗に言う「しあわせ」というものなのでしょうか? ところが、悩みがなくて平和な暮らしをしていると、いつか災いが来て押しつぶされるだろうと不安で不安で仕方がありません。



平和で幸せな暮らしには慣れていません。悩みがあっても鬱っぽくなるし悩みがなくて波風たたない暮らしに恐怖を感じてしまいます。しかし、悩みのある暮らしをしたいのではないのです。



現在の平穏な暮らしに慣れたいのですが、貧乏人が大金を手に入れたときに泥棒にすべて盗まれる心配があって夜も眠れなくてノイローゼになって死んでいくのと一緒で安楽な生活を送っているととんでもない災いが自分を地獄に突き落とすような気がしてすごい恐怖なのです。



被害妄想が強く贅沢な悩みかもしれませんが、こんな感情にさせる今までの自分の人生はいったい何だったのでしょう。もっと素直な気持ちになれたら、こんな取り越し苦労はしなくて済むのに、子供のころから極度の引込み思案で心配性で学校のトイレでうんこをすることはできませんでした。下校時にパンツの中に大きい方をむらしたことはあります。



他の人の目が怖くて面と向かって話をすることもできず、人のいない方いない方と行く傾向があり独りぼっちが一番安心できました。それが大人になっても続いていて社会生活に順応できません。



心の病なのでしょうが、他人から見れば自分の人間に対する恐れは理解できないでしょう。見た目は普通に見えるようですから・・・・

生まれて何もできないで年をとって死んでいく我が身

相変わらずつまらない人生を送っております。その原因はすべて自分にあります。楽しい人生を歩めないようにしているのは他ならぬ自分なのです。



馬鹿で間抜けでのろまでゴキブリの「くそ」よりも価値のない人間は私なのです。・・・・なんて、なさけない! 世の中、すべてはがゆいことだらけ!



「頼まれてもいないの勝手に自分を産みやがって」と親を恨んでも、親は子を思い大切に産み育てたのに悪魔のような醜い考え方しかできない自分は逆恨みをして自分を正当化している卑怯者!



もっと卑怯なのは、まだ死にたくない! 自殺をして人生を終わらせようとは思わないのです。なんて身勝手でわがままなのでしょう。



小学生や中学生の子供でさえ、虐待やいじめなどにあって本気で自殺を考え実行しているのに、その子供たちから比べれば、自分などたいして辛くもないのに、どす黒い脳みそと心臓は非常にずるくできていて潔さがありません。



醜くてずるくて卑怯な自分が嫌で、毎日悩んでいるのはとても馬鹿らしいことです。
自分は人並みに聖人君子になりたいのです。楽しい時には笑い悲しい時には泣ける素直な心が欲しいのです。



生きていても何もできない、何の役にも立たない、自分がなさけない!!

たいへん!肛門がヒリヒリする。

どうしたんでしょう? 肛門の調子が悪いのです。まさか、自分が肛門の病気になるなんて・・・・予期しない真実です。



局部を鏡で見たり、それでも飽き足らずスマホで写メを撮ったりして確認したところ5ミリくらいの余分な肉片が付いていて、肛門の皺も太く腫れている箇所がありました。



決して美しいとは言えない肛門です。もう60数年使ってきた肛門でかなり老朽化しているようです。まだ、血は出ません。ですがヒリヒリします。



医者に行くのは恥ずかしいので、ドラッグストアで買った「ボラギノール」を風呂上がりに肛門へ直接、指で塗り込んでいます。完治するには至りませんが、いくらかヒリヒリは緩和します。



以前の仕事で25㎏くらいの重量物を運ぶ仕事をしていたので、重量物を持った時に肛門に力が入り、それにより肛門に負担がかかり、いぼ痔になったと自己判断しています。



今住んでいる公営住宅がウォシュレットでないのも影響していて、ここに入居する前は常にウォシュレットを使用していて、水で洗った後は肛門を軽くトイレットペーパーで拭くくらいで肛門をトイレットペーパーでこすることはなかったのです。



しかし、現在は、水で洗えないので何度もトイレットペーパーで拭かないと気が済まないので、下痢の時などは悲惨で、便がトイレットペーパーに絶対付いてない状態にするため十数回は拭くので用を足した後の肛門はヒリヒリ肛門になってしまいます。



うだつの上がらない自分は、ウォシュレットにする金もなく、医者に行くのも嫌だし、ずっとヒリヒリ肛門と付き合っていくしかないのかもしれません。


年寄ばっかりの職場に行ったら自分自身が若返る。

このほど転職をしました。農場の仕事ですが、定年はなく、体が動けばOKみたいな所で勤めている方々は高齢な方が多いです。フルタイムですが一日の労働時間は6時間前後なのできつくはないです。



70歳過ぎは当たり前、80歳に近い人も働いています。自分も、他の職場では年寄ですが、ここでは、「若い!」と言われているくらいで環境が変われば意識も変わり、自分でも若くなった気がします。



あと最低でも4年勤めて年金をもらいながら、病気でもしない限り続けて70歳くらいまで勤めようかなとも思っています。今の職場は人間関係も良好で働きやすい職場なのでいけるかなという感じです。



我が家の問題は、妻で仕事が続きません。いつも3か月から半年でやめてしまいます。妻は少し頭が足らないので怒られたりいじめられたりもしているみたいです。かわいそうだとは思いますが、どうにもなりません。



妻は仕事をわりと甘く考えていて、猜疑心が強く相手をののしったり愚痴が多いのですが、毎度のことなので、自分がそれを聞いても無視しているような状態です。問題を解決できるような良い考えは浮かばないのです。



妻の考えにうまく対応できないし、こっちが意見を言っても自分の考えを押し通す頑固さがあるのです。臨機応変さや蓄積する学習能力を自分は妻に求めようとしますが妻は案外、楽天家でどこ吹く風です。



自分は打たれ弱くて、すぐにくよくよするタイプですが、妻は打たれ強いのかもしれません。自分はもう若い時の正社員での同等の収入は稼げず、妻が仕事を辞めると、家計の収入が減るので、生活が成り立たなくなり困るのです。



餓死しないで何とか人生を夫婦で全うするためにもお互い働かなくてはなりません。もらう年金だけでは暮らしていけないので健康のためのも働くことが一番いいことです。




おもしろいこと探しの毎日

毎日、楽しいことが何もありません。面白いことが、何かないか探していますが見つかりません。熱中できるものがないから一日が長くてしかたありません。若いころ楽しかったことが、とても陳腐に感じくだらないことだと判断してしまいます。



仕事も今月で派遣はやめて、来月から農家に行って仕事をすることにしました。すでにWワークでやっていますが、そんなにきつくないので最低でも65歳までは勤められそうです。



その農場では、最高齢77歳のおじいさんを筆頭に、70歳過ぎている人たちが何人もいます。自分も、61歳ですが「若い・・・」と言われています。年取っても若い人と一緒に仕事をしていれば、自分も若くいられるという人もいますが自分には当てはまりません。ジェネレーションギャップを感じるだけです。



この先もし、仕事をしないで家の中にいて退屈にすごしているようになれば、それこそ何のために生きているのかわかりません。天国か地獄かわかりませんが、あの世に行くことを待っているだけの生活で今よりももっとつまらない暮らしになってしまいます。



高齢になればなるほど、体が老化してあっちこっちにガタがきて医者に通うようになり必然的に医療費がかさむようになるでしょう。満足に貯金もなく低額な年金では、それが悩みの種で病気になっても医者にはいかず痛みをこらえて生活することになるかもしれません。



自分は、考え方がネガティブなので良い方向には物事を考えられません。心配症で臆病で取り越し苦労を無駄にするだけなので、おもしろいことも遠ざかってしまうのでしょう。