60才からのひきこもり貧乏ブログ

仕事を半リタイアし、つましい日々の暮らしを綴っています。

70歳で死ぬ予定です。

自分の母は42歳で死にました。父は67歳で死にました。予想では自分は70歳くらいで死んでしまうのではないかと思っています。




いつ死ぬか、あらかじめ解ればいいのになあと思います。そうすれば、人生のポートフォリオが作れるのに・・・・  それは、無気力になって無駄に過ごした月日や失敗して後悔をした日々をなくしたいからです。





現在は64歳ですが来年の2月で65歳です。たぶん予定では、あと5年で死ぬのです。予定は未定ですから絶対ではないし首を吊って自殺もしないと思います。




自殺は悪いと世間は言いますが自分はそうとは思いません。生きいても安楽だと思う世界がなければ、生きる意味などありません。辛くても生きていることが大事だとか、命は最大に尊いものだとかは、くそくらえです。




戦争は何だったのでしょう?命を尊いものだと全く思っていません。アリを踏み潰す感覚で人間は殺されたのです。弱い人間を殺したのは、権力者です。戦争をして日本を世界の支配者にして、自分は伝説の人間になろうとした当時の軍部の人間です。そいつらが国を動かし政治をしていたのでは、いい世の中ができるわけがありません。




今は戦争はないですが意識は危ないものがあります。自分は頭が悪いし、目の前のハエさえ落とせない人間なのでよくわかりませんが、醜さと綺麗ごとが相反するような政治のように思われます。




個人情報の流出とかメディアの過剰の情報提供など、人間の本来の信じる力をマニュアルの中に閉じ込めてがんじがらめにしてしまいます。  アブナイ、、、、アブナイ・・・・  死ぬ日が予想できない人間が現在、進んでいることが、果たして未来から見たら、いいのか正解だったのか本当はわからないことなのです。




今は年寄りに延命処置をして寿命をのばしていますが、未来には、昔話の「姥捨て山」が現実になるかもしれないのです。