60才からのひきこもり貧乏ブログ

仕事を半リタイアし、つましい日々の暮らしを綴っています。

腰が痛いです。足も痛いです。

昨日、仕事で25キロくらいの重い箱をパレットから分別して、他のパレットに移し替えるのですが、一人で300個くらい運びました。腰が痛いです。



もう、1年半くらいから前から腰痛になり、原因は、ベッドではないかと思います。



ニトリで買った安いベッドなので、マットが柔らかく、寝ていてお尻の当たりが水たまりのように沈んでしまいます。



量販店で、安くて薄い硬質マットレスを買って、ベッドのマットレスの上に敷いて使用しましたが、それでもへこみます。



妻も同じものを使用していますが、自分より体重があるので、もっと沈みます。対策として着なくなった衣類をベッドマットと硬質マットの間に入れています。



妻のベッドは沈む度合いが激しいので、衣類にプラスして新聞紙を挟んでいます。妻が寝るときに、「パリパリ・・・」と不思議な音がします。



足が痛いのは、扁平足のせいもあり、疲れます。しかも、昨日の夜にベッドの足に小指をぶつけて「ウッウッ・・・」と唸るくらい痛かったです。



小指は、ぶつけて骨折する人もいるくらいで、体の中でも軟弱な部位です。ぶつけると、どうしてあんなに痛いのでしょうか?



今は、ベッドの足を白い発砲スチロールで囲み、ガムテープでグルグル巻きにしています。これで小指をぶつけても痛くないです。




派遣仲間だった元気な岩井さん

岩井さんは、67歳になります。今年の9月まで、同じ派遣の職場で働いていましたが、今は違う職場で清掃の仕事をしています。



月曜から金曜までその仕事をして、土曜、日曜は夜の10時から夜中の2時まで、運送会社の倉庫で働いています。



後期高齢者なのに、パワフルで元気に生きています。



たまに会って情報交換をしますが、仕事に対して前向きで労働の喜びを感じているらしく、自分も見習わなければと思います。



「60歳なんてまだ若い、ひよっこだ!甘ったれるんじゃない!ちゃんと死ぬまで働け!」



と皆さんに怒られそうですが、自分でも人生を楽しくするように行動しなければ損なのはわかっているのですが、グータラな自分は、なかなかできません。





子供の頃は、いじめに合っていました。

今日は、秋晴れで、ベランダから、ひつじ雲が見れてきれいでしたね。



ベランダから大きいランドセルを背負った女の子が、不安そうな顔をして歩いているのが見えました。体が小さいので、ものすごく大きいランドセルに見えて、切なくなってしまいます。



自分は、身長が156センチしかなく、男としては、かなり小柄な方で、最大の劣等感であります。学校で整列するときは、決まって一番前に並ぶことになりました。



そのため、小学、中学と同級生や下級生、さらに上級生まで「チビ! チビ!」といじめられました。



さらに、両親が新興宗教にはまっていて、チビだと馬鹿にされるのと、宗教をやっていることを悪く言うのと、ダブルで登校中に大声で悪口を言われたものです。時には、カバンを泥靴で蹴られたり、体当たりをされたりするのです。



登校するのは、田舎の山道なので、それほど生徒とは会わないのですが、いじめる輩は決まっていていました。



校舎の中では、先生の目があるので、はやし立てたりはしませんが、先生のいない休み時間には、プロレスごっこの相手とされ、その当時、流行っていた四の字固めや卍固め、空手チョップなどの練習台になっていました。



小さくて力の無い自分は、格好の餌食で、いじめっ子の優越感を育んでいたのです。



生まれつき内向的性格で、やり返すことができるほどの技量はなく、親にも、先生にも言えず、学校に行くのが嫌で、毎日、憂鬱な気持ちで学校生活を過ごしていました。いじめる人達は、いじめられる人の気持ちが理解できないのです。



クラスに少し頭の足りない女の子がいて、授業業中に小便や大便を漏らしていました。登校しても、一日中しゃべらず、授業時間がすべて終わるまで、自分の机に座りっぱなしで、いじめっ子からは、この女の子も標的でした。



「弁当が麦飯で、おかずがまずそう・・」とか、「汚い、ばい菌!」とか言われていました。自分は、席が隣になったことがあり、あまりにもいじめっ子が悪く言うので、勇気を振り絞ってかばったりすると「〇〇子のことが好きなんだ、結婚するんだ・・・」などと言われて弊行したものです。



下校する道が、途中まで同じだったので、その女の子と誰も見ていなければ、一緒に帰ることもありました。話しかけるとびっくりするほど低い声で、一言だけ答えます。



ある日、並んで歩いていると、上級生のいじめっ子に出くわし案の定、女の子は罵られ、突き飛ばされたり蹴られたりしましたが、自分は何もできず、見ているだけでした。



「お前もやれ!」といじめっ子に命令され、仕方なく自分は軽く、女の子の背負っているカバンを蹴りました。その瞬間、女の子が自分を見ましたが、その目は「お前も同じなのか・・」という失望の眼だったのです。



やがて、女の子は足払いをされ地面に転がされ、いじめに慣れているせいか、めったに泣かない女の子が、大粒の涙を流して泣いてしまいました。



それで、いじめっ子は先に行ってしまいましたが、もう自分と女の子はしゃべることもありませんでした。



この出来事は自分が10歳くらいのことなので、もう50年も前の話です。しかし、女の子は、自分に裏切られたと思い、あの時の女の子の目が、今でも忘れられません。



自分は、最低の人間です。もし、あの子に会えたなら土下座して謝りたい。あの時、自分に勇気があったら・・・かばうと、こっちがいじめの対象になるのが怖くて、いじめられる惨めさがわかっているのに、自分より弱い女の子をいじめてしまったのです。




子供のころの体験と引っ込み思案な性格から、自分は、社会生活において、コミュニケーション能力に欠け、人間恐怖、人間不信が常に心の中に存在し、あきらめと逃げの人生を歩んできました。



「生まれてこなければ良かった・・・」と、自分を生んだ親を恨んだことさえありました。親は苦労して自分を育ててくれたのに・・・・



もっと有能な人間として生まれたかったと思いますが、かなわないことです。



















霊は、存在するでしょうか?

今週の仕事は、今日で終わりです。もう少し働かなければ、生活が苦しいのですが、現状維持から抜け出せません。



妻は金もないのに、新規に、私に生命保険を掛けようとしているようです。妻は、一体、何を考えているのでしょう。



来週あたり、空き家の実家に行って、お墓参りをしてこようかと思っています。墓参りは、お彼岸やお盆などには、まず行かず、気が向いたときに行きます。



実家から250メートルくらいのところに、家のお墓があるのですが、近所の人の墓もあるので、お寺の墓地のように大規模ではないですが、墓の集まりとなっています。



数年に1回くらいしか行かないので、「天国から親が悲しんでいるよ!」なんて人に言われることがあります。



そんなことはありません。なぜならば、天国も地獄もないからです。それは、人間が日頃の行いを戒めるために作り出した架空の世界です。



墓に人魂が出るとか言いますが、火葬しないで土葬のころは、人間が腐るときに体内から出たリンが青白く見えることは稀にあるようです。



この世に、霊っているのでしょうか?



自分は見たことも、会ったこともなく、不思議な体験など一切ないので存在するとは思いません。



メディアで霊の話や画像などを取り上げますが、あり得ません。勘違いか、ねつ造したとしか思えないのです。



霊が存在するなら、死んだ人は過去に何兆何億といるわけですから、地球の中はギュウギュウ詰めの霊ばかりになってしまいます。



UFOは、あるでしょうか? これも無しです。UFOが円盤の形とは限りませんし、宇宙人も、あんなタコみたいな、ノラリクラリの妖怪のように禿げ頭とは思えません。



地球の近くに生物が住める環境の星はないので、やってくるとすれば何万光年も遠くから来るのですから、かなりの文明を持っていないと来られません。



あんなタコやはにわの出来損ないみたいなものをイメージしたら失礼です。



でも、こういうミステリアスなことは、「あったらいいな・・・」と思いませんか?そうすれば、生きてる時でも、幽霊や円盤と対峙できて面白くなるでしょう。



実際は、死んだら骨になり、永遠に肉体もなく、意識もなく転生輪廻なんてものもないのです。でも、「あったらいいなあ・・・」と思います。



霊の存在を信じないなら、夜の丑三つ時に墓参りをしても何も怖いことはないので、行っても良いということですが、自分は、そんな時には行きません。



万が一、霊が出たら困るでしょう。

























「年をとったなあ・・・」と思うとき

年を積み重ねていくと、若いころ簡単にできたことができなくなってきます。


新聞や本のページが、めくれないこともその一つです。指に保水力が無くなり、湿気が無くカサカサの乾ききった指なので、紙が指になじまないのです。


スーパーのレジ袋に品物を詰めるときも苦戦します。乾いた指では口が開かないのです。


しまいには、指をなめて開ける始末です。若い人から見れば「どうしてそんなみっともないことをしているのかな?」と思うかもしれませんが、これが高齢者の現実です。


眉毛も異常に伸びてきます。腰痛にもなります。目も悪くなります。


自分は、近眼で老眼なので、遠近両用のメガネをかけていますが、近くも遠くも見づらくなっています。夜の車の運転には、特に気をつけなくてはなりません。



それに、物忘れがひどくなり、漢字や人の名前など、瞬時に出てこなくなりました。何か取ってこようと思い、隣の部屋に行くのですが、何を取りに来たのか忘れてしまい、また手ぶらで戻るということもしばしばあります。



年を取って初めてわかるのが、若いというすばらしさで、「自分も若いころ、死ぬ気で頑張っていれば、もう少し違う人生が歩めたのかな?」なんて、今更では遅く、どうにもならないことを思ったりします。



タイムマシンに乗って時間を戻し、若い時の最初に戻り、人生をやり直しても、怠惰な性格は変わらないので、結局、今と同じような人生になるでしょう。



自分のブログは、「明日は頑張ろう!」とか「こんな楽しいことがありました。」とかポジティブなことは書けなくて、読後感が寂しいかもしれませんが、しばらくお付き合いしていただけたらうれしいです。